愛新覚羅溥儀の腕時計-2

更新日:2024年05月15日
(写真左)愛新覚羅溥儀(1932年長春にて) 溥儀が満州国で暮らす間、毎日身に着けていたパテックフィリップ製腕時計
 オークション会社は時計の真贋や来歴を調査するため、同社でアジアの時計担当トップのトーマス・ペラッツィ氏を中心に時計の専門家や歴史学者、ジャーナリスト、科学者など世界規模の協力のもと、3年に及ぶ前代未聞の大規模調査を実施したのち、出品という慎重を期したそうです。
 溥儀と共に投獄されていた甥・毓嵒の回顧録によると、腕時計は溥儀の「私物」で、2001年に収容所を離れる際、溥儀の拘留期間中に中国語の通訳を務めたゲオルギー・ペルミャコフ(Georgy Permyakov)氏に託されたことが判明しています。
 さて、1935年4月、愛新覚羅溥儀は日満友好促進と、国内外に満洲国と溥儀の威信を高める目的として、国賓として昭和天皇招待により日本公式訪問しています。溥儀にとって初の外国訪問には日本海軍の練習戦艦「比叡」を御召艦として提供、大連港から横浜港に到着した後、東京駅まで専用列車で向かったのですが、東京駅には昭和天皇自らが東京駅ホームまで溥儀をお出迎えするという、日本の歴史上、例が無い異例の歓待を行ないました。
 約100人からなる溥儀一行は到着後は赤坂離宮に滞在し、天皇や皇族、閣僚や各国の外交団が招かれ公式晩餐会が開かれました。その後は公式日程をこなし、専用列車で奈良県や京都府、広島県など日本国内各地を訪問しています。 
 昭和天皇は同じ君主制国家の国家元首だった溥儀を「兄弟分」のように思われたとされています。
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