東京奥林匹克運動会(オリンピック)-2

更新日:2022年07月15日
左から楊倩選手、張家朗選手、問題となった鍾天使選手と鮑珊菊選手と、胸につけた毛沢東紀念章
 さて、自転車競技で金メダルを獲得した鍾天使選手と鮑珊菊選手が表彰式に出席した際、胸に「毛沢東紀念章(バッジ)」を着けていました。この行為は政治的な声明を出すことを禁じたオリンピック規則に抵触する恐れがあるとして調査が進められた結果、中国の五輪委員会が「今後はバッジを付けさせない」と確約しました。
 毛沢東は1949年から1976年に死去するまで、中国を強権的に治めるとともに農工業の近代化を目指す大躍進政策を進めましたが、広範囲で凶作が発生し、推定4,500万人が死んだとされる歴史的な大惨事を引き起こしました。
 「毛沢東紀念章」は筆者もそのコレクターですが、1960年代に何10億個と製造され、あまりに大量生産したため貴重な金属を使い尽くす懸念から製造制限されました。これが逆に希少価値となり、物によっては非常に高価で売買されるものも多くなっています。文化大革命時代には、中国人民は毛氏への忠誠を示すためにバッジを着けていました。
 中国国営紙グローバル・タイムズ(環球時報)は自転車競技選手二人の写真をツイッターに掲載しました。この投稿は一時間以内に削除されましたが、活動家らはオリンピックで政治的宣伝を行ったとして同紙と選手二人を批判しました。同様に同紙新浪微博(ウェイボー)のアカウントにも掲載され、のちに削除されたものの、3,000万を超すフォロワーがいる上に6時間以上も掲載されていたため10,000以上の「いいね」が付いたそうです。
 毛沢東主席のレガシーは、教育、文化、映画などに刻み込まれて中国国内で深く浸透しているため一部のユーザーは、選手二人を「国家的戦士」とたたえる一方で、毛沢東時代を好ましく思っていない人からはかなり批判的なコメントも多かったようです。
 世界2位の経済大国である中国が2度目の自国開催の五輪を北京冬季五輪として約半年後の2022年2月に主催予定だったこともあり、「東京五輪の開催を支持する」といち早く表明しました。会場は北京と、隣接する河北省張家口でしたが、早々と主要施設、そして両市を結ぶ高速鉄道が完成し、さらに付帯施設や道路工事なども行われました。
 ちょうどそのタイミングでアメリカや欧米諸国がウイグル人権問題や香港などの人権問題を理由にボイコットすべきだという声も広がった上に、感染拡大が止まらない新型コロナウイルスの問題もありました。
 米ソ冷戦時代にアメリカや日本などがボイコットしたのモスクワ五輪(1980年)の例があるだけに、スポーツの祭典と五輪の政治化は絶対に避けるべきだと思いましたが、終わってしまえば全てオッケーのような幕切れになりました。
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