●大スクープを報じた「書道美術新聞」
木や竹を薄く短冊状にし、ひもでつなげ、そこに文字を書いたのです。それをつなげた形状から作られた象形文字が「冊」です。用途としては単なる記録媒体だけではなく、「荷札」や「付札」、巻物の軸も用いる「題簽木簡」、役人などの呼び出しである「召喚木簡」、まじないの「呪符木簡」など、さまざまなものがあります。余談ですが、「木簡・竹簡」の「簡」は30字程度の文字が記載されていますが、木簡や竹簡とは同じ木片や竹片でも簡よりも幅が広く、100字程度の文字が記されているものを「竹牘・木牘」といい、これらを併せて簡牘と呼びます。
1993年に郭店村楚墓から竹簡が73,730枚、楚の時代の文字があるものが13,000枚出土するなど、当時、相次いで木簡や竹簡の出土がありました。余りにも出土数が多かったせいか、博物館などのお土産物屋では、漢代の遺跡発掘時に掘り出された木を木簡状に加工し、お土産用として書写したものが販売されていました。現代では漢代の木の出土は無くなり、現代の木に書かれていますが、木簡のイミテーションとはいえ、漢代の木に書写された貴重なものではありました。
すると1995年初めに日本国内で大量に「湖北省出土・戦国楚の竹簡」が出回り、7月大阪での「即売展」に一本8万円、8本セットで64万円もの現物が登場、東京でも類似したものが流通し、多くの書道家、研究者が買い求めました。9月になると香港ルートといわれるものが数百本単位で出回りました。筆者は喉から手が出るほど欲しかったのですが、金銭的に断念しました。しかしその後、これら竹簡は偽物と断定され、何故かホッと安心した思い出があります。当時、それをスクープしたのが「書道美術新聞」平成8年(1996年)二月11日付号でした。誌面の都合上、何故、偽物と判明したのかは次号でお話ししたいと思います。